
エージェントNだ。
世の中には、到底リーダーとは呼べないような人物が権力を握り、周囲を巻き込みながら暴走することがある。どう考えても良い人物に権力を持たせたほうが合理的なはずなのに、なぜ悪人は上に立ちやすいのだろうか?
今日はこの複雑な疑問を、過去の出来事や心理学的な視点を交えて掘り下げてみたい。
1628年、オランダ船バタビア号が難破し、小さなビーコン島に乗組員が漂着した。この絶望的状況で現れたのがイエロニムス・コルネリスという人物だった。
コルネリスはもともと反乱を計画し、自らの権力欲を満たそうとしていた人物だ。彼はこの漂着という偶然の機会を使い、あっという間に島の支配者になった。しかし、その結果として100名を超える無実の人々が命を落とすことになる。
コルネリスがここまで暴虐を振るった理由は、彼自身の邪悪さだけでなく、孤立した状況、資源の欠乏、そして周囲の人々が自らの保身のために服従したという環境要因も大きく影響していた。
一方、1965年、トンガの少年たち6人が無人島アタ島に漂着した。だがビーコン島と異なり、彼らはリーダーを作らず、協力し合って15か月もの間、平和に生き延びた。
この差が生まれたのは、彼らが互いの力を尊重し合い、権力争いを回避する環境を築いたことが大きい。つまり、権力が人を必ずしも腐敗させるわけではないことを示している。問題は「権力が人をどう変えるか」なのだ。
権力を求める人物には共通する心理的特徴がある。それは「ダークトライアド」と呼ばれる3つの人格要素で、具体的にはマキャベリズム、ナルシシズム、サイコパシーだ。
これらの特徴を持つ人物は、自己中心的な行動をとる傾向があるものの、同時に人々を惹きつける魅力や操作能力を持っている。そのため、実際には悪質であるにもかかわらず、人々の支持を集め、上に立つケースが多い。
また、人間は原始時代からの習性で、力強さや自信を持った人物をリーダーとして選びがちだ。このことが、実際のリーダーとしての能力とは無関係な要素(たとえば外見や話術)を重視させ、結果として人格的に不適切な人物が権力を握ることになる。
では、この悪循環を防ぐためにはどうしたらよいだろうか?
ポイントは二つだ。
第一に「権力を求める人の質を高める」こと。例えばニュージーランドの警察が暴力性を感じさせない、親しみやすいプロモーションを行った結果、応募者数が増え、警察官による暴力事件が劇的に減少したという成功例がある。権力に良質な人材を惹きつける努力は重要だ。
第二に「権力者を監視し、腐敗を抑える仕組みを整える」ことだ。人は監視されない環境では簡単に堕落する。例えば、ドイツでは公務員の配置を定期的に変えることで腐敗を大幅に減らすことに成功している。
最後に、私たち自身も注意すべきことがある。
権力者を過度に悪人とみなしがちだが、高い地位の人物ほど難しい決断を迫られる。時には厳しい選択をして非難されることもあるが、それが最善の選択である場合も少なくない。私たちは表面的な情報だけで判断せず、できるだけ多角的な視点を持つことが必要だ。
権力は確かに人間の闇を引き出し、悪人を引き寄せる磁石のような側面がある。しかし、それを防ぐために私たちは個人の人格を見極め、制度的な監視体制を整備することが可能だ。そして、私たち一人ひとりが、リーダーを選ぶ際に冷静かつ慎重な判断を下す必要がある。
権力が必ずしも悪を生むわけではない。
私たちが未来のリーダーを選び出すときこそ、この事実を心に刻むべきだろう。
それではまた、エージェントNより。

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